医師主導治験の実施体制の調査
総括
※全体的な考察

医師主導治験の実施が可能となって以来、平成17年以降の薬事法施行規則の改正などにより、有害事象の取扱いや治験届出内容など一部の課題は改善されたものの、未だ多くの課題が解消されていない1)2)。今回の調査結果から表在化した点を以下に考察する。
(注:本文中( )内はアンケートの設問番号を指す。)


Ⅰ.教育に関する課題

医師主導治験と企業治験の最も大きな違いは、自ら治験を実施する者(医師)が、承認申請を念頭においた計画立案から総括報告書作成に至る臨床開発のプロセスに関与する点にある。これに必要となる知識やスキルは、従来、医療機関スタッフが臨床研究や企業治験で経験したものだけでは十分とは言えず、何らかの形で補う必要がある3)。調査でも、治験調整事務局(以下、調整事務局)担当者の半数以上が、独学やOJTで業務の習得を行っており(2-1-8)、今後習得したい知識として多岐にわたる内容が挙げられていた(2-1-9)。

特に、調査の結果(2-1-4、2-1-6、7-1、11-2-3、11-2-4)、以下の項目1)~4)は、治験薬/機器提供者によるサポートを受けていることが明らかになった。本調査では、治験薬/機器提供者のサポートの有無のみを回答頂いたため、どの程度の関与であったかは不明であるが、本来は自ら治験を実施する者の責務として実施すべき範囲の業務についても多くの支援を受ける試験があったことが推察される。


   1)治験薬・機器に関連する事項(概要書作成、品質確保)
   2)治験実施計画書、標準業務手順書の作成
   3)薬事関連事項(治験相談等)
   4)総括報告書作成


調整事務局担当者が今後習得したいとする知識が一律の回答でなかったことは、担当者の過去の経歴によるほか、想定している調整事務局の役割が各自で異なること、すなわち調整事務局業務の標準的なモデルが定まっていないことが推測された。医師主導治験業務に関しては、現在までにいくつかの書籍4)5)も出版されているが、調整事務局業務に特化したものはないため、独学でのスキルアップには限界があると思われる。今後、不足している知識、スキルについての体系的で継続した教育の機会が必要であると考えられた。


Ⅱ.多施設共同医師主導治験に関する課題

多施設共同治験を行っている23件(1-3-1-4)では、実施医療機関を検討するにあたり、企業治験と同様、症例数の確保や医師の経験やモチベーションなどが考慮されることに加えて、特に治験事務局の協力体制などの医療機関における実施可能性を重要視していることが分かる(3-1)。一方で治験中核・拠点病院であることは選定基準には含まれていなかった。

実施医療機関間の調整には、情報の取り扱い(収集・共有・調整・管理)が大きな課題となっている(3-3)。 例えば、SAE発生時の治験調整医師見解の提示(10-3)、症例の適格性や逸脱の考え方など施設間の意見の統一(2-1-6)、治験関連文書の提供(7-6)、多岐に亘る会議の準備(12-2)に至るまで調整業務に係る調整事務局の負担は膨大である。実施医療機関との相互の情報交換に有効なITシステムの構築は、調整事務局業務の効率化だけでなく、治験関係者の情報共有に有用であり、モニタリング業務(8-2)の負担軽減にも繋がる可能性が示唆される。

一方で、今回の調査結果から個々の治験において組織・体制や運営が異なることが明らかになった。すなわち、医療機関が複数の医師主導治験に参加する際に、治験毎に異なる手順を求められるなどの非効率な作業が発生する可能性があることから、今後は実施医療機関の負荷を軽減する方策として、業務モデルの一般化に向けた検討が必要である。


Ⅲ.公的研究費に関する課題

多くの医師主導治験は公的資金を用いて行われているが、その使途制限などにより、治験運営に影響を及ぼしていることが明らかになった(4-4-2、コメント4-5)。


①被験者の経費負担の軽減について

保険外併用療養費支給対象外経費(4-2-1)、来院等負担軽減費(4-3)や補償措置の準備(5-3、5-5)など、本来、自ら治験を実施する者が負担することになっている経費の支払いや措置に、苦慮していることが窺えた。その理由として、経費不足と使途の制限が挙げられる。特に同種同効薬を併用して行われる治験では、併用する同種同効薬の費用を保険外併用療養費支給対象外経費として、自ら治験を実施する者が支払うことは金額的に難しい。また、研究費の規程により、様々な制約があり、補償措置としての医療費・医療手当の支払いや、同種同効薬経費の支払いを困難にしているケースもある。


②人件費の問題点

研究費の種類によっては、研究費から人件費を支出する際の上限が決められている等、運用に制限があり、優秀な人材を雇用する際の足かせとなっている。医師主導治験を実施するために必要な費用として支給される研究費が、医師主導治験担当者の労働に対する正当な対価として直接還元できないことは問題であり、改善が必要と考える。


③研究経費運用上の問題点

医師主導治験においては、モニタリング業務やデータマネジメント業務などを外部に委託するケースが多いが、厚生労働科学研究費では、外部委託経費が総研究費の50%を超えてはならないという制限がある。その結果、外部委託先の選定は、委託先のクオリティやパフォーマンスなど業務内容の評価よりも、委託金額に依存することになる。経費削減を最優先せざるを得ず、開発業務委託機関に理解・協力をいただきながらも、委託後に様々な問題が発生しているケースもある(4-5)。治験の質を保つために必要なコストを研究費より支出できないことは問題である。

また、医師主導治験は、治験準備から治験結果総括までの一連の業務が複数年度にわたるが、年度毎に研究費の支給額が決定されるため、長期的な経費の運用を計画することができない。さらに、通常、公的研究費の多くは支給期間が3年間であるが、現在の臨床開発期間(初回治験計画届提出日~承認申請日)の中央値は48.2 ヵ月6)であり、治験届提出前のプロトコル立案/実施体制整備段階を加算して考慮すると、すべての治験プロセスを研究費支給期間内に終了できるケースは限定されると思われる。研究費支給期間終了後も治験が継続する場合は、新たに研究費を工面しなければならず、必要な経費の調達が不確実な状況で、治験を継続せざるを得ないことは問題である。

今回の調査対象の医師主導治験は、ほとんどが公的研究費を使用して治験を実施していた。国として医療上の必要性の高い未承認・適応外薬/機器の早期開発を推進するために、必要な経費は公的研究費でカバーして柔軟に運用できるように、早急なる研究費規程の見直しが

望まれる。


Ⅳ.医師主導治験の支援組織構築に関する課題

医師主導治験の調整事務局および実施医療機関には、限られた資源の中で企業治験と同等の責務が要求される1)2)。このような厳しい背景の中で医師主導治験を推進するためには、経済的/人的資源の有効活用が重要であるが、現在の医師主導治験では、以下の課題が存在する。


①調整事務局

本調査で回答いただいた調整事務局担当者の雇用形態について、46名中8名は非常勤職員、7名は派遣職員、外部委託8名、その他(日本医師会職員など)5名で、60%以上が実施医療機関の正規雇用職員ではなかった(2-1-2-2)。調整事務局担当者は、研究費や各種補助金などにより常勤以外の形態で雇用されていることが多く、当該治験またはプロジェクト終了後の雇用は不透明であると考えられる。

治験全体のマネジメント業務には高い専門性が必要とされ、また治験開始前から終了まで恒常的に業務が発生する。現在、調整事務局業務に必要なスキルや知識は、担当者が独学あるいは実務を通じて習得しているのが実情であるが、不安定な雇用のため人材は流動的であり、これらの習得したスキルが継続的に有効活用されているとは言い難い。臨床試験/研究の推進及び質の向上のためには、安定した雇用体制の構築と、担当者が長期のキャリアプランを描ける環境が必要である。

なお、現状の調整事務局業務は、治験全体をマネジメントする知識やスキルが必要な業務と、会議の手配や文書の発送など一般の事務作業が混在している。臨時職員の雇用やITの活用により、業務に占める一般事務の割合を減少させ、調整事務局担当者が効率よく業務を遂行できる環境整備が望まれる。


②外部委託

医師主導治験に必要な人材、特にモニタリングやデータマネジメントなど、これまで医療機関が有してこなかった知識とスキルを有する人材を外部委託する場合、調整事務局担当者は臨床試験における業務委託経験が乏しいことが多く、開発業務受託機関の選定や契約費用の妥当性、費用対効果の評価が困難である(4-4-2)。今後は、治験の質を担保するために必要なコストを評価していく仕組みが必要である。


Ⅴ.調整事務局業務の効率化に向けて

今回の調査結果より以下の事項については、ITを活用することによって、人材不足を補い、効率化を図れる可能性が示唆された。


   1)実施医療機関への関連文書の提供方法(7-6)
   2)症例報告書に係るクエリの問い合わせ方法(9-2)
   3)安全性情報の共有(10-2)


具体的には、日本医師会 治験促進センターのシステムを使用した安全性情報の入手/提供/管理2)や、Webサイトでの資料提供7)、さらに実施医療機関との情報共有のための文書管理システムを一部のモニタリング業務(8-2)に活用する取り組みが行われていた。今後、このようなシステムを導入するにあたっては、どのような機能を持つシステムを安価かつ簡易にセキュリティを保った形で導入できるかが、ポイントとなる。 しかし、ITシステム導入・運用にかかるコストは高額であり、研究費から支出することは現実的でない。公的機関によるすべての治験で使用が可能なITシステムの構築と使用許諾が望まれる。*1


*1平成26年1月更新情報:
日本医師会 治験促進センターが提供する以下のサービスは、利用者による制限なく医師主導治験においては活用することができる。

1)治験計画届作成システム:治験届を厚生労働省へ届け出る際に必要となる治験計画届とそのXMLファイルをクラウド上で作成できる。
2)カット・ドゥ・スクエア:統一書式入力支援のための機能並びに情報共有と文書保存機能を有し、治験事務局関連業務の効率化に役立てることができる。
3)安全性情報管理システム:治験中に発生した重篤な有害事象報告や治験薬提供者/治験危機提供者より入手する安全性情報の文書管理並びに情報共有を意見調整を迅速に行うことができる。 (医師会の研究事業採択プロジェクトに限る)


引用文献:

1)医師主導型臨床研究・治験とはなにか.山本晴子.医学のあゆみ221巻10号, 815-818(2007.6)

2)小児・新生児領域における医師主導治験(新生児けいれんに対する静注用 フェノバルビタールを実施して).河田興.臨床薬理39(6),275-279(2008.11)

3)質の高いCRC業務を目指して 医師主導・臨床研究への対応.山本晴子.薬剤48巻12号,1861-1866(2006.11)

4)医師主導治験業務の実際 はじめの一歩.藤原康弘編.じほう

5)ゼロから知りたい 臨床試験・医師主導治験のQ&A.小林史明他.じほう

6)日本における新薬の臨床開発と承認審査の実績―2000~2009 年承認品目―、
  医薬産業政策研究所リサーチペーパー・シリーズ No. 50(2010.9)

7)不整脈における医師主導型臨床研究-塩酸べプリジル医師主導治験.佐藤敏明他.
  医学のあゆみ221巻10号,835-839(2007.6)