治験実施体制調査
考察

1.基本情報

   今回の調査で、医師主導治験実施経験ありと回答した施設の多くは、大学病院あるいは国公立・公的病院であった。医師主導治験は、難治性希少疾患を対象としたものが多く、また企業主導治験と異なり、十分な研究費が得られないため施設側の負担が大きい。それでも、臨床研究の実施が業績の一部ととらえられる大学病院や、高度・特殊・先駆的医療の実施を使命とする国立高度医療センター、国公立病院では、医師主導治験の実施が多いと考えられる。
   個々の医療機関の医師主導治験経験件数は1件が最も多く、国立高度医療センター、大学病院では、5件以上の経験がある施設も認められた。また、PhaseⅠ及びPhaseⅠ/Ⅱ試験を実施している施設は、大学病院及びがんセンターであり、日常的に高度先進医療が実施されている施設において、開発早期段階から多くの医師主導治験が実施されている現状が窺える。


2.標準業務手順書について

   55%の施設で、企業主導治験とは別に医師主導治験用の手順書を作成していたが、多くの施設で、医師主導治験と企業主導治験の相違点に戸惑いを感じていることより(結果5,6)、双方の相違点が理解しやすい手順書の作成が望ましいと思われた。さらに、医師主導治験の場合、医療機関で設置する手順書以外に、実施計画書固有の準備及び管理に関する手順書が定められる必要がある。実施医療機関における手順書作成の際には、医師主導治験共通の部分と、実施計画書毎にアレンジが必要な部分を明確化することが重要であると思われ、本研究班ではこの点に留意して手順書を作成した。(標準業務手順書 参照)


3.治験調整事務局と実施医療機関の業務分担

   自施設内で完結する業務は、多くの実施医療機関がメインで実施していた。一方で、治験実施計画書の作成、業務委託先との契約書作成・締結、PMDAへの治験届提出等の各施設で共通した対応が必要となる業務は、治験調整事務局が担当しており、ある程度の役割分担はできているものと思われる。ただし、実施医療機関内の手順書作成、IRB申請業務については、一部で治験調整事務局が行っていたところが散見された。本来医療機関内で行われるべき業務であるため、改善を求めたい。
   また、治験薬管理表、スクリーニング名簿・署名印影一覧、臨床検査基準値一覧などプロトコル共通で使用できる書式については、企業主導治験でも使える汎用性の高い雛形を各医療機関で作成し、使用することが望ましい。
   治験調整事務局の役割は、各医療機関で果たすべき責任(業務)を肩代わりするものではなく、各施設内で完結する業務は、各施設の自ら治験を実施する者の責任下、実施されるべきものである。これを大前提とした治験調整事務局と実施医療機関の関係が、両者のコミュニケーションと実施体制の改善につながると思われる。


4.企業主導治験における実施体制との比較

   医師主導治験を実施した施設では、企業主導治験において、自施設におけるスタートアップミーティングの日程調整、症例報告書作成・クエリ対応、院内関連部署の役割分担、自施設で発生したSAEに関する報告書の作成を、モニターが担当していると回答した施設はほとんどなく、実施医療機関で行うべき業務が自立して行われていた。また、企業主導治験と比較して、医師主導治験では、自施設におけるスタートアップミーティングの日程調整や、症例報告書作成・クエリ対応を、治験責任医師自らが実施している施設が多かった。この背景には、医師主導治験に対する治験責任医師のモチベーションの高さが考えられる。
   一方、治験調整事務局が実施している項目は、企業主導治験では治験依頼者が実施している項目であった。このため、実施医療機関では、治験調整事務局の役割を企業主導治験における治験依頼者と混同し、治験調整事務局の指示に従い医師主導治験を実施しているという認識になりがちであるが、あくまでも、治験調整事務局の役割は多施設間の意見の調整であり、決定した内容の最終責任は自ら治験を実施する者に帰することを理解する必要がある。


5.モニターの業務の違い

   実施医療機関と治験調整事務局との情報共有については、実際には、多くの実施医療機関スタッフが担当しており、企業主導治験で医療機関と治験依頼者間の情報伝達の主役となるモニターは、医師主導治験では関与していなかった。GCP第26条の7運用通知第1項第8号において、医師主導治験のモニターの役割には、「治験責任医師、実施医療機関及び治験に係るその他の施設との間の情報交換の主役を務めること」は含まれていないため、企業治験と医師主導治験ではモニターの役割に大きな違いがあること、治験実施に関わる全ての業務を行うのは実施医療機関側のスタッフであることを認識した上で、医師主導治験を実施する必要がある。


6.実施医療機関として、複数の医師主導治験を同時に実施する際の課題

   医師主導治験を実施した経験のある施設の半数が、すでに複数の医師主導治験を同時に実施しており、それらの施設で、複数の医師主導治験の同時進行が不可能と回答した施設はなかった。しかし、実施する際の問題点として、マンパワーやコストが挙げられていた。
   使用できる研究費は限られているからこそ、実施医療機関としては、企業主導治験・医師主導治験に限らず、治験実施プロセスの効率化や標準化等により、マンパワーやコストの削減について検討する必要があると思われる。


7.多施設共同医師主導治験実施に際し、提供や統一化が希望されるツール・システム

   文書管理リストや To do list等、実施医療機関が自施設の治験を管理するためのツールとともに、署名印影一覧、スクリーニング名簿、治験参加カード等、ほぼすべての治験で普遍的に使用するツールの雛形も同様に望まれていた。
   実施医療機関における治験プロセスを効率化するため、管理ツールやその他の雛形を誰もが使用可能な形で公開することが望ましいと考える。


8.医師主導治験を行うメリット

   医師主導治験を行うメリットを、殆どの回答者が「社会貢献」(「対象となる被験者の治療の選択肢を広げられる」、「医療の発展に貢献できるという認識が高まる」)と感じていた。このことが、限られたリソース、業務量の増大にも関わらず、医師主導治験を実施する原動力となっていると考えられる。また、「医師主導治験から企業主導治験の実施上の改善点を見出すことができる」「医療機関内の治験・臨床研究に対する認識が深まる」等もメリットとして挙げられており、各実施医療機関のスタッフが、自ら治験を実施する者としての自覚、治験を主体的に実施する意識をもって医師主導治験を実施していくことで、企業主導治験の役割分担意識の改善につながることが期待される。


9.医師主導治験実施上の問題点

   治験調整事務局に対する要望として、細かい手順の指示や、見解の明確化等が求められていた。しかし、治験調整事務局の役割は、あくまでも、治験実施上、見解の統一が必要となる事項についての施設間の意見を調整するものであり、医療機関における自ら治験を実施する者の責任を代行するものではない。医療機関が医師主導治験を自立して行うという認識と、この前提を踏まえた、治験調整事務局とのコミュニケーションが、多施設共同試験における実施体制の改善につながると思われる。
   また、医師主導治験を実施する際の問題点として、マンパワーやコストの不足に関する回答が最も多かった。これまで医師主導治験を実施し続けることが出来たのは、現場の採算性を度外視した、医療への貢献という使命感によるものであり、その体制は脆弱である。とくに、CRC等の治験に関わるスタッフの確保及びその人件費、研究費の使用規定については、今年度の実施医療機関を対象とした調査だけでなく、昨年の治験調整事務局を対象とした調査でも問題として挙げられており、公的研究費の増額、運用方法の改善を強く望みたい。さらに、多くの医師主導治験は公的資金を用いて行われてきたが、国の財政状況や社会情勢により、複数年度の安定した資金確保が保証されないことが医師主導治験の活性化を目指すための非常に大きな制限となっている。今後は、利益相反の適切な管理、資金の流れの透明化を前提として、民間資金の導入も考慮する必要がある。
   同時に、公的資金・民間資金、企業主導治験・医師主導治験に限らず、治験実施プロセスの効率化や標準化等により、治験実施業務のスリム化を図り、マンパワー・コストの削減を検討するとともに、治験の適正なコストについての議論が必要と思われる。
   なお、資金の問題に関連し、同種同効薬を保険外併用療養費の支給対象とするよう要望があった。既存の標準治療に治験薬を併用するデザインの医師主導治験では、標準治療で用いられる薬剤(同種同効薬)の費用は保険外併用療養費の支給対象外であり、医師主導治験の経費で賄うことは現実的に難しい。しかし、一方で、高度医療評価制度では標準治療で用いる薬剤の保険給付が認められており、同じ医師主導臨床試験であっても実施区分により保険給付の可否が分かれる。医師主導治験においても、高度医療評価制度と同様の同種同効薬の取扱いとなるよう、関連通知の改訂が強く望まれる。